新しい世界を知るために。

知っている楽しみは一部。知らない楽しみは底を尽きません。

伊坂幸太郎『砂漠』

 

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)

 

 

世界はきっと変えられる。信じることからすべてが始まる。鮮烈な感動、青春小説の新たな名作。

入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決……。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれを成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。(新潮社の紹介)

 

 

 

 青春というと、きらきらで心躍る、誰もが憧れるような体験を思い浮かべませんか?

しかし、本作の登場人物たちは何の変哲もない日常を無為に消化していく。物事を一歩退いた目線で見る鳥瞰型を語り部に据えたこともあって、若干ドライな印象を受ける。

 

それこそが、リアルな学生の姿なのだと思います。

一見すると、無味乾燥で「なあなあ」にこなしているだけの毎日も、実際には大きなものを得ている大切な時間なのだと感じます。なんとなく縁あってつるむようになった友人たちと触れ合う中で、互いに影響し影響され合い、いつの間にか自分自身も変わっていく。

 

 そういう意味では、そこで出逢ったのはたまたまで特別でも衝撃的でもないが、見方を変えればそれも運命。読者各人の「普通だった」学生生活も、この5人のように本当は奇跡的な巡り合いで、だらだらとした日々こそが人生の糧になっているということが学べます。登場人物たちが、先の見えない未来にもがいているからこそ、読んでいて彼らに嫉妬せずにはいられませんでした。意識せずに青春の日々を過ごしている彼らは大人になってから、あれは青春だったと振り返ることがあるのでしょうか。

 

 作中では大人の社会を砂漠に喩えて学生の時間はそこから守られたオアシスである、と語られています。

ですが、私はタイトルの『砂漠』は大学生活そのものにも掛かっていると思います。

取り立てて大きな出来事も起こらない、退屈な4年間――灰色の大学生活=砂漠。目の前のものを目いっぱい楽しんで生きる近視眼型の人間以外は、案外そのように感じていた人も多いのではないでしょうか。